昨日、神戸の松方ホールにてファジルサイの演奏会を聞いてきました。このホームページをご覧の皆様はほとんどご存じだと思いますが、彼は相当ユニークなピアニストで、演奏開始5秒!?ほどですでに彼が只者でない事が分かったぐらいです。。まぁ演奏する姿勢もすごくおかしくて、まずほとんど前を向かずあさっての方向を向いたり向きを変えたり、と最前列の聴衆はさぞかし困惑したことでしょう。最初のきらきら星からあくまで個性的な解釈で進みますが、やはり彼のモーツァルトは音がとても澄んでいて今までのモーツァルトの演奏にないものをたくさん感じました。彼は気質的にもモーツァルトに共感出来る部分が多いのではないかと思います。
モーツァルトに比べてバッハの編曲は意外にも真摯な弾きっぷりで、そういった部分には彼のヴィルトゥオーゾ的な志向もうかがえます。そして、その後のベートーヴェンの熱情には全く脱帽ものでした。ベートーヴェンを弾く偉大な巨匠達が皆死んでしまった現在、我々が創造していかなければいけない解釈のフラグメントを彼は提示してくれました。3楽章などもはや想定外でさすがの私も理解に苦しみましたが、そんな暇もなくそれはそれとして呆然と聴いてしまいました。ベートーヴェンの演奏として良いか悪いかではなく、何十年も先を見据えたような解釈を目の当たりにしたのです。
CDでは何度も聴いていましたし映像でも見ていたものの、生で聴く彼の音楽は心を震わせてくれました。アンコールのおなじみ「ブラックアース」の神秘的な響きは生でしか絶対に味わえないものでしたし、「サマータイム」やジャズ「トルコマーチ」の即興的な処理のセンスの良さは、彼がどれだけ才能にあふれているかを再確認させられました。
ともあれ、クラシックでこんなに面白くて且つ質が高いコンサートを聴いたのは初めてです。「もっと楽しもうぜ!」と言わんばかりの彼のスタイルは、つまらない事ばかりにこだわって未だ音楽において一向に進歩しない日本に最も必要なものではないでしょうか。マツーエフ、アムラン、サイ、ヴォロドスなど今世紀初頭に光を放っているピアニストたちがまだまだ変貌をとげ革新していくのは非常に楽しみですが、自分もまだまだ努力して彼らを見習っていかなければと改めて思う今日この頃です。