Piano de Virtuoso

半年ぶりのコンチェルトフェスタ、終了しました。今回はチャイコフスキー以外はライトな選曲にしていたので、聴衆の方々も肩を張らずにすむような気楽な雰囲気を少しは作れたのではないかと思います。もちろん演奏者側としても、純粋に音楽を楽しみながら演奏することが出来ました。もしそれが少しでも伝わり、一緒に楽しんで頂けたなら幸いです。
ちなみにアンコールはグルダのプレイピアノプレイのエクササイズ6番と5番。この二つは特に私が好きな作品で、アンコールなどに向いているジャズスパイスの効いた作品です。今回は6番を連弾で交替に弾くという試みをしましたが、実は以前2年ほど前にも一回試したことがありまして今回はそれより更なるグレードアップバージョンということでした。録音と違ってその場でしか味えない視覚的要素というのも演奏には必要だと思います。
さて、肝心の本プロの方ですが冒頭のスクリャービンはかなり緊張してしまったものの、逆にその張り詰めた感が良かったかもと思う程、自分の表現したいことが出来たように思います。続くベネットは練ればねるほど形が次々に変わるような、やはり即興的要素が強い作品だと改めて実感し、こういうライトなものほど適当にはこなせないことを強く感じました。
そしてチャイコフスキー、巨大な作品ですが聴衆の方々にどう伝わったかが気になるところです。単なるヴィルトゥオーソ作品でもなく、チャイコフスキー節を歌い回すだけでもなく、現在ピアニストにとって一番捉えどころの難しい作品となっているようにも思います。大抵のことはもう全部出尽くされた感があるので、どうアプローチするかということは深刻な問題です。今回の演奏はまだまだ20世紀的な演奏の域を出ないものでしたが、これを布石として今後もっと新鮮なものを残していけたらと思います。
聴きに来て頂いた皆様、ありがとうございました。
ちなみに、友人の協力により演奏会の動画が一部断片的ですがございますので、もし見てみたいという奇特な方がいればご一報を☆ここにアップしたかったのですが、エラーばかりでて結局出来ませんでした。。

18日の夜、ポゴレリチを約7年ぶりに聴きに行ってきました。99年に聴いたときは、ポロネーズの4番から始まる結構不気味な演奏会で、ショパンの2番と3番のソナタを弾いていました。2番はかなりしびれましたが、3番は病的に遅くて40分くらいかけて弾いていたのをよく覚えています。夫人であり師であったゲゼラーゼが亡くなって、方向性を見失ったのちに少し取り戻した頃だったと思いますが、長い髪をくくってどんよりした雰囲気とはいえ今から思えばそれでもかなりまともでした。
そして今回の演奏会ですが、もうとにかく衝撃で最初から最後までほぼ理解不能な世界!異質としか言い様がなく、およそ世界中探しても彼のような演奏が出来る人はいないかもしれません。ベートーヴェンの最後のソナタから始まりましたが、緩急の差が非常に激しく動きの少ない部分はとにかくテンポが遅くそれに慣れてくると、2楽章の遅さが自然に聴こえ、気がつくと30分以上たっているという代物です。しかし2楽章は途中で少し方向性が不安定になり弱音勝負でたまに変なところで内声を強調するので、聴き手の集中力に随分影響が出たように思います(彼はかなり内声強調型に変化していましたが、普通に強調するのとは違って全く意味が理解出来ません)。そしてその後「エリーゼのために」をはさんで24番テレーゼのソナタというテレーゼつながりで、これがまたおかしい!ともに彼の中で強烈な意志があり強調したい音を1番に優先した演奏で、そのためには手段を選ばないといった具合。本当にやりすぎなのですが、やりすぎもそこまですれば逆に彼にとってはスタンダードなのかと思ってしまうほどです。その為、You Tubeで見ることの出来る意外にノーマルな「エリーゼ」のほうが違和感を覚えてしまう始末。あと気になったのはテレーゼソナタの1,2楽章が完全に繋がっていること!?アタッカというより、曲を知らない人が聴くとまるで単一楽章の曲にきこえるでしょう…。さらに完全に旋律は分解されており、ほぼ原型をとどめていません。しかし今回他の公演を聴いた人に話を聞くと、32番はサントリーのほうが断然よくてテレーゼに関してはもっと変だったとか…ただでさえ想定外なのにもはや想像つきません。
後半はプログラムのせいかそれとも少し慣れたせいか前半のような感覚にはなりませんでしたが、最初のグラナドスは曲の性格からかまだ一番自然でアンダルーサでどれだけ裏打ちを強調されても私は純粋に楽しめました。そしてリストの超絶とイスラメイが続きましたが、もちろん彼がストレートに完璧に弾くと1音のミスも無く最高峰の技術で曲をねじ伏せることが出来ることは周知の事実。しかし彼はそれを完全に放棄して、自分の意志を貫きました。聴衆の期待を裏切る虚をついたようなディナーミクや音のミス、楽譜を見ていても(ちなみに全プログラム楽譜を置いていました)何小節か飛んでしまうのは、もはや解釈として人間が考えることの限界ぎりぎりの現象のように思いました。イスラメイなどもうやることが細かすぎて、会場の何人の人に伝わったか不安なほどです。
今回の演奏会は、今現在彼ほど強烈な存在は他にいないことを本当に痛感させられました。客席は空席が目立ち、賛否両論というより世の中のほとんどの人に否定されるでしょうし、私ももちろん賛同するわけではありません。そして彼が今いったいどのような精神状態なのかは知る由もないですが、今回感じた強烈な感覚はもうこの先味わえないものかもしれません。
『聴衆がどういう理由で私の演奏会に来たかは私にとって全く重要ではないが、彼らが演奏会から何を得て帰ったかが、大変重要である。 ―ポゴレリチ』
今年も早いものでもうあっという間に終わりです。今年はホームページを開設し、沢山の人に拝見していただいて自分が普段考えていることの断片を文字で伝えることが出来たということが、自分にとって本当に嬉しいことでした。文章力のない私の文章に付き合って読んで下さりありがとうございます。そして演奏の面でも色々な人と知り合うことができ、様々な機会で演奏することが出来ました。幅広く自身の演奏を磨くことが出来たのではないかと思います。来年も更に色々な試みに挑戦していきたいと思っていますので、読んでくださっている皆様、どうぞよろしくお願い致します。
なんか堅苦しい挨拶になってしまったので、モーツァルト・イヤーの締めくくりにトルコマーチでも…。
fileman.rakurakuhp.net/UserFiles/2138/File/1167546308.mp3



先日、兵庫県立芸文センターにてアレクサンダーコブリンを初めて生で聴いてきました。CD等で聴いたことはあったもの、生で聴く彼の音楽は少々異質で結局最後まで何を言いたいか分かりませんでした。(ファンの方には申し訳ないですが)最初のモーツァルトなどひどいもんで、表現も自然な感じがなく過剰な部分が目立ち、途中からほとんど何聴いてるか分からない様な状態でした。次のハイドンはまだマシでしたが、その後のベートーヴェンは骨格が弱くナヨっとした感じでやはり本人に合ってないように思いました。しかし大ホール自体があまり古典派を弾くのには向いてないということもあるので、まぁツィメルマンクラスぐらいにならないと厳しいかもしれません。
今回のリサイタル、「音の絵」リサイタルだけあって後半のラフマニノフはさすが同じピアニストかと思うぐらい、質が違いました。曲によって若干ムラはありましたが、なかなか珍しい解釈で音の絵を聴けたのは貴重でした。アンコールはショパンのエチュードを4曲も弾いたので、サービス精神は結構あるようです。最初の黒鍵や次の10-11は彼の良さがよく出ており感心しました。その後は特に印象に残らない革命と10-6を弾いてましたが、10-6で締めくくるあたりは方向性がうかがえるところです。
彼が過去、浜離宮で弾いていたショパンなどはまだ悪くなかったので、今回はホールと曲目に少し問題があったように思います。

今回東京に行ったついでに、前から行きたかった信濃町にある民音音楽博物館に行ってきました。民族楽器がたくさんある中、鍵盤楽器(古楽器)が置いてある「古典ピアノ室」には400年前のチェンバロや貴重なフォルテピアノがありとても興味深かったです。専属の案内人がいますが演奏と解説は月並みでマニュアルっぽかったので、あえて少し突っ込んだ質問をしてみると案の定意味不明に強引にかわされてしまいました…。まぁ案内人はさておき、私が特に興味を惹かれたのは2つ、古典派時代に使われていた「ヨハン・フリッツ」と呼ばれるピアノと「ウェルテ・ミニヨン」の自動ピアノでした。

左が「ヨハン・フリッツ」ですが、ペダルをよく見るとなんと5本もあるんです。なんじゃそりゃ!と思って、効果を聞いてみると一番右は「トルコ式ペダル」と呼ばれるもので、踏むとベルと太鼓が鳴るというなんとも恥ずかしいものです。トルコの軍楽隊の影響らしいですが、はっきりいって行進曲以外での使用価値はゼロです…。そして右から2番目は通常のダンパーペダル、左3本は全てウナ・コルダでそれぞれ弱音の機能が違うようですが、現在では使えないそうでどういう違いがあるのかが全く分かりません。
そして、右のピアノは通称「ピアノ・ロール」という自動再演ピアノのことで、ロール紙に打ち込まれた情報をもとに鍵盤が動くものです。ラフマニノフやサンサーンスなどの貴重な演奏が再現されますが、レコードとは違い完全な再現というわけではありません。精度によっても演奏は異なりますが、ロール独特の演奏の揺れのようなものがあるので違和感はかなりあります。コラムにも載せている「パハマン」や「フリードマン」の演奏をロールで実際に聞かせてもらいましたが、ペダリングや即興的な奏句には耳を奪われます。この博物館には1000本ぐらいロールがあるらしく、CD化されていないものすごく貴重なロールが眠っていそうな気がします。
そんなわけで何度も足を運びたくなるような価値のあるすばらしい博物館でした。ホームページにもっと詳しく書かれているので興味のある方は是非ご覧になり、足を運んでみてください。